2015年 お正月 その④
私の故郷、海陽町(旧宍喰町)内をちょっとご案内。
旧宍喰町の宍喰(ししくい)は脚咋(あしくい)の転訛とされ、
脚咋は「葦(イネ化の植物)をつくって主食とした住民」。
履中天皇の時代に大和朝廷から鷲住王(わしずみおう)がこの地に遣わされ、
宍喰川下流の平野部を利用した農耕が近隣地域に先立って発達した事による。
時代とともに狩猟に纏わる宍(カン、しし、にく)が使われるようになり、
鎌倉時代以降は宍喰と呼ばれるようになりました。
宍喰地方では鷲住王を祖とし、藤原姓を名乗る一族が
宍喰城・愛宕山城・祇園山城などを築き、この地方を治めました。
また、近隣の牟岐城・浅川城・野根城主とは同族で、高知県の安芸氏とも
姻戚関係を結んで地盤を固めていましたが、1578年土佐国を平定した長宗我部氏に
侵攻され、城はことごとく落城する。
その長宗我部氏が宍喰を焼き払わなければ、小京都と呼ばれるにふさわしい白壁の町並みが
今も残っており、観光地にもなったのではないかなぁ。と今でも思います。
小京都の名残り。

「八坂神社(祇園さん)」

毎年7月16日には日本三大祇園祭の1つである祇園祭が行われます。

小さいころは祇園祭が楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。
稚児行列に参加したり、だんじり(山車)に乗って太鼓や鉦をたたいたり。

祇園さんの紋

ちょうどきゅうりを輪切りにしたときに祇園さんの紋に見えるということで、きゅうりを食べない人もいたそうです。
祇園さんの境内には大きな楠が2本あります。
そのうちの1本。

とても太い幹。

子供のころは楠を島もしくは根っこの部分を雲に見立てて、地面に落ちるといけない。という遊びをしたものです。

祇園さんを後にして中角橋へ。

ここから見る風景好きだなぁ。

宍喰川と鈴ケ峰。

この後、両親の山の畑へ行って帰る途中、両親の乗る軽トラにぬかされました(笑)

宍喰川から愛宕ん(あたごん)さん方面へ向かいます。
遠くに見えるこんもりした山が「愛宕神社(愛宕んさん)」

愛宕んさん下の川沿いの道は保育園のマラソン大会で走ったなぁ~。

結婚披露宴、カラオケ大会、文化祭などなど、町の行事に使われた「町民センター」は今、耐震工事中でした。

愛宕んさんの鳥居の前にある「石山」は小さいとき滑り降りて遊んだ場所。

愛宕んさんは津波の避難場所になっており、お年寄りの多い町なので鳥居手前まで手すりがつけられています。
(以前は階段向こうからしか手すりがなかったのですが)

今回は上まで上がりませんでした。
2015年 お正月 その⑤へ続きます。
旧宍喰町の宍喰(ししくい)は脚咋(あしくい)の転訛とされ、
脚咋は「葦(イネ化の植物)をつくって主食とした住民」。
履中天皇の時代に大和朝廷から鷲住王(わしずみおう)がこの地に遣わされ、
宍喰川下流の平野部を利用した農耕が近隣地域に先立って発達した事による。
時代とともに狩猟に纏わる宍(カン、しし、にく)が使われるようになり、
鎌倉時代以降は宍喰と呼ばれるようになりました。
宍喰地方では鷲住王を祖とし、藤原姓を名乗る一族が
宍喰城・愛宕山城・祇園山城などを築き、この地方を治めました。
また、近隣の牟岐城・浅川城・野根城主とは同族で、高知県の安芸氏とも
姻戚関係を結んで地盤を固めていましたが、1578年土佐国を平定した長宗我部氏に
侵攻され、城はことごとく落城する。
その長宗我部氏が宍喰を焼き払わなければ、小京都と呼ばれるにふさわしい白壁の町並みが
今も残っており、観光地にもなったのではないかなぁ。と今でも思います。
小京都の名残り。

「八坂神社(祇園さん)」

毎年7月16日には日本三大祇園祭の1つである祇園祭が行われます。

小さいころは祇園祭が楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。
稚児行列に参加したり、だんじり(山車)に乗って太鼓や鉦をたたいたり。

祇園さんの紋

ちょうどきゅうりを輪切りにしたときに祇園さんの紋に見えるということで、きゅうりを食べない人もいたそうです。
祇園さんの境内には大きな楠が2本あります。
そのうちの1本。

とても太い幹。

子供のころは楠を島もしくは根っこの部分を雲に見立てて、地面に落ちるといけない。という遊びをしたものです。

祇園さんを後にして中角橋へ。

ここから見る風景好きだなぁ。

宍喰川と鈴ケ峰。

この後、両親の山の畑へ行って帰る途中、両親の乗る軽トラにぬかされました(笑)

宍喰川から愛宕ん(あたごん)さん方面へ向かいます。
遠くに見えるこんもりした山が「愛宕神社(愛宕んさん)」

愛宕んさん下の川沿いの道は保育園のマラソン大会で走ったなぁ~。

結婚披露宴、カラオケ大会、文化祭などなど、町の行事に使われた「町民センター」は今、耐震工事中でした。

愛宕んさんの鳥居の前にある「石山」は小さいとき滑り降りて遊んだ場所。

愛宕んさんは津波の避難場所になっており、お年寄りの多い町なので鳥居手前まで手すりがつけられています。
(以前は階段向こうからしか手すりがなかったのですが)

今回は上まで上がりませんでした。
2015年 お正月 その⑤へ続きます。

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